一徳さんの「文武は一徳!」

このブログは、酒・野球・女・本 この4つをこよなく愛する筆者が、ご縁あって伝統ある大阪八尾ボーイズの指導者を拝し、野球を愛する青少年及び保護者達の活力の一助になるべく、無責任極まりない内容でお届けするものである。コメントはご自由にどうぞ。

2022年02月

こんな勝手気ままに書いている文章を、結構な数の方がお読み頂いていて、誠に恐縮の至りであります。

ま、書いてる本人は結構マジに書いてるのであるが、中にはアホかと思う人もおるやろなあ、と思いつつ書いてるという…確信犯である。スミマセン…。
コメント、どんどん入れて下さいね。

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 さて、入試の季節である。八尾ボーイズのみんなは支部予選が佳境に入ってきた。いずれも本番だ。

「どうも緊張しちゃって…」とかで、実力が出せないまま終わってしまった、なんて事がよくあるのだが、それでは困るのである。

 

私の大学のリーグ戦、キャッチャーデビューは3年秋の第1節、近大戦だった。春季優勝校である。

夏の間、チームあげて近大に勝ちたい一心で練習していたゆえ、「絶対勝つで!」と気合入りまくり。

その試合、テレビ中継があったんですな…。

試合は緊迫し、終盤の7回にさしかかった。そこで大ピンチが来た。123塁。3番打者。終盤ゆえ点をやりたくない。ヘタすれば負ける。

捕手だった私は、なんと情けない事にそこでビビってしまったのである。

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主将だった遊撃手がタイムをとってマウンドに集まった。「こんな時のために練習してきたんや。ここしっかり抑えようぜ」みたいな事を言った。そこからポジションへ帰り、しゃがんだ瞬間だった。

背後やセンターにはTVカメラ。みんなこの試合のために気の狂うような練習していたという、その相手。ここでオレがパスボールなんかしたら、どえらい事になる…。うわぁ、どうしよう…

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そんな事を考えてしまって、まるで高層ビル間で綱渡りしてるみたいにキン〇マが縮みあがった。胸がドキドキして頭に血が上った。ミットの手が鉄筋のように固まってしまったのである。

再度タイムをとるという事さえ気が付かない。何も考えられないでサインを出していた。

案の定、長打を喰らってしまったのである…。

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帰宅後、メシも食えずに真っ暗な部屋に籠りっきりで落込むと同時に考えた。

「そうや、なんで(どえらい事になる…。うわぁ、どうしよう…)なんて考えたんやろう。そんな事考えたってどーにもならんやないか。なんで結果を考えてしまったのか…」

余計に落込んだ。

そう、結果はプレーヤーには決められない。神様だけが決められる。自分が決められない事を気にしてもしようがなかったのである。

だったら自分自身に決められる事だけをもっと気にするべきであった。そんな当り前のことができなかった…。

もっと落ち込んだ。

結果は、神様だけが決められる。プレーや―ができるのは如何にその場面での最大のパフォーマンスを発揮するか、どういう判断を下すか、という事だけだ。そんな場面でビビってるやつに、いや、ビビったプレーをするヤツに、神様は絶対に味方してくれない。


むしろ、神様に問うのである。

「ボクは今まで必死で練習してきました。この場面も誓って必死で真摯にプレーします。で、神様はどういう判断を下されますか?どういう結果を私に与えて下さいますか?」
それで良い結果を与えて下さらねば、神様が「お前はまだまだや」と言っておられるのである。良い結果が出れば「よう頑張ったからご褒美や」という評価を下さった、という事なのである。

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野球の神様は、絶対におられる。シッカリ真摯に野球をやった人たちは、まず間違いなくみんなそう思っている。

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私は本当に恵まれた環境で野球ができたと思う。今でもそうだが。

 

高校時代も大学時代も、あれせいこれせいとか、やらねばシバくとかいう変な強制をされた事がなかった。もちろん思考、考え方もそうであった

それはある意味、頼るもの・変な安堵感がないという事である。この人の言う事を聞いておけばそれでいい、というものが。当然、全体の行動指針や試合進行などは監督さんや幹部が決めたのを順守するが、そんなもの以外は、全て自分で考えて行動せねばならないのである。もちろん結果も全て決めたやつの自己責任となる。

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なので、変な情報をそのまま信じなくなるのである。例えばアッパースイングはダメとか言われると、それをそのまま信じる事はなく、なんでダメなのかとまず思う。で、調べて色々自分でやってみる。自分でやってみるから、人によって「オレはこれが良い」「オレはこれよりこっちがいい」などと意見が割れる。でもそれは個々のプレースタイルになるので、そこは自由である。

 

我々の時代は、「水を飲むな」と言われていた。真夏のクソ暑い日でも、練習時にカラカラに干からびて死にそうになってもまだ走っていた。おかげで練習が終わるとたらふく水分を取り、メシが全く食えない日が続き、一気に10㎏くらい痩せる。高校時代まではそういうのが続いた。

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しかし、大学に入って最初の夏合宿で、ゴミ箱用のポリバケツにまるで石油缶を2つくらいつなげたような氷柱をガサっと入れて、当時流行り出したポカリスエットの粉末と水を溢れる直前までドドドっと入れて、柄杓を2つ、というのがダッグアウトに置かれたのである。

「練習中は自由に飲んで良し。ただしみっともないから群がるなよ」

そんな事していいの?最初はなにか罪悪な事をしてる気になったが、先輩たちがバッティング練習の交代時などにガンガン飲むので、私も飲んでみた。
天国が口の中から腹に湧いたような気がした。

その晩、メシが食える食える。ビックリするくらい食える。体重減もなくなってしまった。

 

その瞬間、「水を飲むなはウソや」と悟った次第である。

そして「あらゆる常識、情報を疑え」とも。

 

今から見たら「当たり前やんけ」であろうが、その当時は画期的だったのではないだろうか。

でもそれは、当時の監督や幹部、マネージャーがシッカリ身体の事を勉強したからだ。

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勉強して知識を得ると、ダマされにくくなる。勉強してないと簡単にダマされるのである。
大新聞だって大手企業だって、いや、公共機関でも政府でも、平気でウソを書く。

だからみなさん、しっかり勉強しましょう。ダマされたくなければね。

 

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