一徳さんの「文武は一徳!」

このブログは、酒・野球・女・本 この4つをこよなく愛する筆者が、ご縁あって伝統ある大阪八尾ボーイズの指導者を拝し、野球を愛する青少年及び保護者達の活力の一助になるべく、無責任極まりない内容でお届けするものである。コメントはご自由にどうぞ。

2021年12月

学校の通知表。みなさん貰いましたよね。三者懇談で先生から講評も聞いて。

かあちゃん
学校の通知表って、今年から評価項目が変わった。

①知識・技能

②思考・判断・表現

③主体的に学習に取り組む態度

これら3つの観点で各教科を評価、成績がついている。

 

決してテストの点数だけではないのである。もちろん提出物だけでもない。

特に③は、点数ではなく日頃の取組姿勢、ひいては先生のその生徒に対する人物評価がそのまま出ている。

download

そう。通知表って点数評価だけではない。人物そのものの評価、と言っていいのである。

こわいですねぇ。

A ②A ③C なんていう生徒がいたら、その子に対する先生の評価が相当悪いと思っていい。

逆に③だけAというのは、勉強はできないけどいいヤツだと、相当評価がいいのである。

 

塾内での取組姿勢を見ていると、まあ学校の先生の評価と全く違う、というのは皆無と言っていい。

「ああ、やっぱりなあ…」なのである。

download

野球に対する取組姿勢もまた同様なのではないだろうか。

野球だけは自分から前向きに一生懸命やるが、学業は全くそうではない、

もしそんな感じなら、早めに気づかせてあげるべきである。いつか必ず野球でもボロが出る。

野球以上に時間を使ってる学業に興味がないなどとは、笑止千万。

もちろん力の入れ方、というのの配分的なものはあるだろう。でも学業は疎かにできるようなものではない。という事は、力を入れるべきものに入れない、エエ加減にしてしまう、そういう人間性、という事になる。

 

1

そりゃあ中学ではワケが分かってなかった、というヤツはいる。

人生のどこかで気がつく。遅きに失した、という事にならぬようにしてほしい。

 

どんな世界でも、人生の中で全く学業をしっかりやってないヤツが、社会で活躍できるワケがないのである。

 

では、よいお年をお迎えください。

 

    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

世の中で「多様性」と言われてもう久しくなってしまった。

流行りのSDG`sでもあるように、もう多様性を容認するのは当然な時代である。

 

国籍や肌の色などの多様性なんて、我々の若い頃でも当然であったが、ジェンダーフリーなんて今の私にはもうビックリ。

「どっちでもない」なんて言うのがあり得るのや…と。

野球は男女分かれているのだが、じゃあどっちでもないのがフレンドに入会して来たら、どうするんやろ???

なんてちょっと心配になってくるのである。やりにくいやろなぁ…。

download

 しかし、先日参加した某高校説明会で、そこの校長は言いました。

「多様性が議論される時代は終わりました。これからは『確実なる探求』の時代であります!」


これはショックだった。

もう多様性なんて、朝起きたら顔を洗うくらい当然なことで、

これからはその多様化した其々を深く掘り下げる、そういう時代なんですと。

 

考えたらそうである。いくら多様化しても表面だけ、ジャンルだけで中身がない、なんて、

クリープを入れないコーヒー、餡のない桃林堂のもなか である。

download

これなら多様化をいくら認めてもあまり意味がない。

 

探求型。多様化した其々のジャンルの中で、自ら考え、何とかする力
⇒自分を知る事で自分を信じられるようになる。

一休さん

自分らしく生きる力。

それをシッカリ追求していかねば、従来の感覚や常識しか持ち合わせぬと、今後の複雑怪奇な社会は、生きていけぬ事になるような気がする。
ボーっと生きてんじゃねえよ!ってのは当たり前なのである。

download

 

偏差値や甲子園より、あなた自身の世界を創れ!  

それには保護者は、子供を「信じて任せ、自立させる」ことである。

キャプテン谷口2


    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

世の中、「褒めて育てる」という言葉が聞かれて久しい。

 

我々の若い頃は、褒められるなんて事はまずなかった。うまくいって当たり前。いや、うまくいっても怒鳴られたりドツかれたりで、理不尽この上ない思いをしていた。もうワヤクチャでしたがな

まあ、親世代が昭和ひとケタ世代、軍人みたいな人に育成されているので、さもあろうか。

download

 その反省なのかどうか、もう今の親御さん、つまり我々の子供世代、

褒める褒める、褒めて育てるの大合唱である。

いや、褒めるのが悪いとは言ってない。大合唱するのが悪いと言うてるのである。

親でハッキリという人がいる。「うちの子は褒めてやると調子に乗ってやるんです」「褒めるとしっかりやります」

download

ハァ?なのですね、これ。

 

本当にシッカリやって出した結果については、大いに褒めるべきである。
だって結果は正直なので、やはりちゃんとやらないと良い結果は出ない。仮にちゃんとしなくて出てもそれは偶々で、続かない。ラッキーなのである。

そういう成果は、やはり本人の努力とか工夫の結果だ。

 

でも、どう考えても大したことじゃないのに褒め倒すと、さあどうなるか。

download

 

子って面白いですねぇ。褒められるような事しかやらなくなるのである。

例えばちょっと難しいと思える事にはチャレンジしなくなる。結果が出ないから褒められないゆえ、ですね。最初からバリアをはって、「難し過ぎてでけへん…」で、はい終わり。

また、見てるとこだけでとか、見られる可能性のある所だけがんばる(フリをする)、とか。

別に褒めてもらえそうもない、となれば、人への気遣いや親切さえ、全く気にしないのである。

 

そして褒められるのが当然になってるので、褒めない人はその子にとって「敵」「悪人」となるのである。
すごいでしょ。

download

 

そんな子にしたいですか?

なんでも、バランスというのが大事なのですぞ。

 

水原さん

    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

ほん最近の事である。

野球関係者が集うミナミのスナックでいつも通り野球談議に花を咲かせていた。

そこへ我がチームの和田コーチにも匹敵するような、さる元超有名プロ野球選手がやってきた。

このスナックでは日常茶飯事の事ゆえ、そんな事には驚きもしないが、
その方の博識というか話の深さというか、そういうとこには本当にいたく感服させられてしまった。

岩田鉄五郎

 その人曰く、

“野球”はあくまでも人生を豊かにするためのツールの一つなんです。それを使って進学したり、プロ野球選手になって稼いだお金で人生を豊かにする。アメリカでは多くの選手がこのような価値観で野球に励んでいます。

 彼らは神さまから与えられた才能と時間を使って、願わくば奨学金をもらい大学に行く。そして願わくば高い順位でプロ入りし、活躍する。

 長く続けばいいが、一般論として続かない。しかし野球を通じて培った人脈と教養、学歴とプロをやったという自分をパッケージとして売ることで、人生のキャリアに繋げるんです。

教養を身につけてほしいです。野球は人生を豊かにするための『ツール』の一つ。
野球ひとつに懸けちゃダメ。アマの実績は過去のもので、“まで”のヒトか、“から”のヒトか、ホントに分からないですから。」

水原さん

野球はあくまで人生のツール。

当然のことであろう。野球だけやっていればそれでいい時なぞあるはずがない。もちろん学業だけやっていればそれでいい時もない。

「それ」だけでなく、教養を身につけることで、選択肢を狭めないことが大切だ。野球や学業で育んだ知識、経験を頭の中の「引き出し」に入れておくことで、野球でなくとも人生そのもので壁に当たったり、スランプに陥った際には、それらを転用して解決へ導いていく。そういう事なのだろうと思う。

 

さすがにプロ選手でも1軍でずっと活躍された方は、持っておられる哲学が違う。一流小説家もビックリ、裸足で逃げていくのではないだろうか。ヘタな政治家よりよほど中身のシッカリ詰まった迫力がある。

いや、プロ野球選手だからというより、
様々な経験をされ成功された方は、皆そうなのではなかろうか。

 

あの酒と時間は、本当にいい時間だったなぁ…。

 

3

    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

このページのトップヘ