一徳さんの「文武は一徳!」

このブログは、酒・野球・女・本 この4つをこよなく愛する筆者が、ご縁あって伝統ある大阪八尾ボーイズの指導者を拝し、野球を愛する青少年及び保護者達の活力の一助になるべく、無責任極まりない内容でお届けするものである。コメントはご自由にどうぞ。

2021年11月

定期テストの結果が返ってくると、個々にテストの反省をして、次のテストへつなげていくための準備を始めていく。

毎回ですが、必ずいるのです。

「わかってたんだけど、ちょっとしたケアレスミスで…」「ちょっとピリオドを忘れて…」

「ちょっとした計算間違いで…」「ちょっと違う漢字を使って…」

おいおい、それ、「ちょっとした」で片づけていいの???

1

こういうの、軽視してて、果たして良いのだろうか?

いいわけはない。とんでもない事になるのである

2

知ってます?

世の中で起こる大事故のほとんどは、「ケアレスミス」から起こってるの。

交通事故でもそう。ちょっとしたスマホ脇見とか、大丈夫だろうなんていう「だろう運転」とか。

そういうのが重なって重大事故になっていくのである。

野球の試合でも、そういうしょーもないミスが重なって負けてしまうのですね。

download

ちょっとしたミスが人の命を奪う事になりかねない。だからつまらないミスをせぬよう慎重を期さねばならない。社会では何だってそうである。
それを「今、勉学で修業している」と考えたら、どうであろう?

ケアレスミスをやると、人が死にかねない。そういう緊張感を持ってテストに挑むのである。
江戸時代、それがケアレスミスだろうがなんだろうが、結果的に重大な事故や事件になると、武士は「切腹」せねばならなかった。だから武士は作法に厳しく、
簡単な所作や話し言葉にさえ常に気をつけて、緊張感を持っていた。
ケアレスミスをすると「切腹」。

そしたら「ケアレスミス」ってグッと減るような気がしますがね。
だいたい、「ミスを簡単に考え過ぎ」なのである。

download

    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

少し前の話だが、ある大手チェーンの塾の宣伝で、泥だらけの練習用ユニフォームでやる気なさそうに勉強してる姿を映したコマーシャルが流れたことがあった。

その塾で、おでこにあるスイッチが入り、そのユニフォームの子の目の色が変わってガゼンやる気になる、というようなCMだったかと記憶している。

download
みなさんはあれをご覧になって、どう思われたでありましょうか?

少なくとも私は、ひどいセンスだなあこの塾、と思った。
初めて見た瞬間は、「おっ、この大手チェーンも野球選手を出すようになったか。ちょっと見直したな。」と少しだけ感心したのだが…。

 

まず、なんでユニフォームで勉強せにゃならんのか。

ユニフォームは野球するために着るのであって、普段から着るものではない。野球やる時の正装でもある。しっかり野球をやって来た人は、そういうのをすごく大切にする。私自身あのCMを見終わってから吐き気が止まらず、ずっと我が優し過ぎる嫁さんにさすって貰ってたほど大変だった(これは後で大変高くついた)。

市岡4

そもそもなんで野球やってる子を選択したのか。
きたないユニフォーム着てやる気なさそうに鉛筆持ってる姿、ピッタシやないの()。もちろん違和感は充分にあるけど。

 

それがやる気スイッチが入ると途端にユニフォーム姿が、胸糞が悪くなるほど違和感だらけになるのである。
ここがわからずこんなCM作った人も人ながら、これを採用したこの塾の会社の体質が想像できるというものだ。ウケりゃあいいのか?

 

もう、野球やってる子は勉強しないしアホ、と思いっきり表現してる感があった。このイメージから笑わせて、こんな子でもウチの塾だとやる気が出るんですよ、ってか?

日本全国の野球少年とその保護者、指導者たちは、もっと怒るべきだ!

少なくとも私は、大変憤っていた。

download

 だいたい、やる気スイッチなんて自分で入れるものだ。

やる気スイッチを見つけて貰わぬと勉強ができないなら、勉強なんてしなくていい。ずっと寝てるかゲームしてるか、してればいい。
 勉強って大変贅沢なものなのである。
それを拒否するならしておけばいいのである。ただしその結果がどうなるか。それもそういう選択をした自分の責任である。

野球だってそうだ。

もうひとつ言えば、そんなんでやる気が出るならとっくに出ている。そんなワケないのである。

 

見つけて貰わぬとやる気が出ない、言われぬとやろうとしない、そんなヤツが何かをできるようになりますか?なる訳がないのである。

だったら自分自身でこういうのを何とかしよう、とするようにもっていくのが、保護者や指導者の仕事なんだろうと思う。


甘い目先の言葉に騙されるの、簡単ですよ。

でも実態というものを、本当によくご自身の目で確かめ、判断するべきであります。

aruiwa-405584

    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

いま、不登校生がどこの学校も多くなっているようだ。

もちろん原因は色々ある。

昔は不登校と言うと、イジメられて学校へ行きたくないとか、かなり負のイメージが強かった。

 

実は当塾にも不登校生が来ている。いや、来ていた。

小学校で他の生徒とうまくいかず、トラブルが多発して、不登校になってしまった。

家に引きこもって暴れ、ゲーム三昧の毎日で外出しようとしない。学校の先生が家に課題を届けに来ても会わない。筋金入りの不登校だ。

困り果てた母親から、当塾に何がしかのご縁を感じられたのであろう、電話で相談を受けた。

すぐに来塾頂き、詳しく話を聞いた。

勉強は学校へ行かなくてもできる。塾でシッカリやれば出席扱いして貰うことができるシステムもある。

images

 塾に来ることになった。少しずつだが勉強に前向きになった。

だが相変わらず学校には行けず、暴れてゲームするか寝るかという生活が続き、光明の兆しは見えない。

「もう、どうしたらいいんでしょうか…」何度もご両親が塾に相談に来られた。

 

そんな時、野球教室に誘ってみた。

塾で野球の話をしていると、生徒の誰かがやってみたいなと言い出したのをきっかけに、じゃあやってみるかという事で始めた野球教室。野球なんてやった事ないという小学生ばかり集めたので野球教室なんていうのは口幅ったいが、少しでも捕る打つ投げるを楽しんで興味持ってくれたら、と。 

37

そこに彼は来た。最初は何となく、来いと言われるから、という感じだった。

だが面白かったのだろう。それから毎週顔を出した。家でもキャッチボールを父親や兄弟とやるようになったらしい。やったことなかったのに来るたびに上手くなっていく。

三角キャッチボールをやりたい、ノックをやりたいと、リクエストが始まった。ドンドン前向きになっていった。

捕って楽しい、投げて楽しい、打って楽しい、走って楽しい。野球の魅力に憑りつかれてしまったようだ。

学校にも通えるようになった。お母さんは…泣いた。

adelofficial

 「本格的に野球がしたいな。」

そう言うようになった。

さすがに甲子園を目指す勇気はない。だがチームで野球がしたい。

受験校に軟式野球部がある学校を選んだ。その学校に挨拶に行き、こういうのが受験して野球部に入りたいと言うてるのですが…と。半分も学校登校してなかったが、快く話を聞いて下さった。

 関観戦

いま、彼はそこに合格するため、一生懸命勉強に励んでいる。

野球の魅力。不登校生までも変えていく魅力が、そこにはある。

    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

子供の勉強したくない格好の言い訳の一つ、「勉強って何のためにやるのか、ワケわからん

そして、「数学なんて社会に出ても方程式や関数なんて使わない。やる意味が分からん」等々。

まあ、ようそこまで御託並べるなア…と呆れるほどに。

じゃあ野球をやる意味は分かるのか?なんのためにやっとるのや?

要は勉強、やる気がないんやろ。

2

 しかし真っ向から「勉強って何のためにやるの?」「数学って何のため?」

なんて言われて、保護者さんたちはどう答えているだろうか?

これ、シッカリ答えないといけません。あなたの人間力が子から問われてます。

 

真っ向から来るなら真っ向から対峙してやりましょう。

そもそも勉学というのは、「将来大人になって社会貢献するためにやる」のである。

社会貢献したくても、勉強してないとできるはずがない。

例えばタクシーの運転手は、人を行きたい所まで運んであげて喜んでもらえるという、立派な社会貢献である。そしてその対価として金銭を頂戴する。

しかしタクシー運転手になるには、まず第2種免許をとらねばならないし、辺鄙な所で車が故障しても直さねばならぬので、車の知識も必要である。勉強しておかねばできないのである。

 

塾生に、「おまえ将来、社会の役に立ちたい?それともプータローで夜中にコンビニの周りうろついて騒いどるような、税金払わん社会のお荷物になりたい?さあどっち?」と訊くと、100人が百人とも「役に立ちたいです」とか、「お荷物とかになりたくないなあ」と答える。

そう、みんな社会貢献したいと思っている。チームへの貢献とかもそう。みんな何かで役に立ちたいと思っているのである。これは大人も子供も老若男女そうであろう。少なくともこんな狭い世界で生きている私でも、「役に立ちたくない」というのは聞いたことがない。

3

 じゃあ勉強しなきゃな。

なに?まだやる気が起きない?

では各教科、何の勉強をしてるか知ってるかね?

 

まず英語と国語はわかるよね。人のコミュニケーションの手段である。お隣韓国では英語が喋れる人は全く珍しくないが、日本では人口の1割程度かな。完全に負けるぞ。

 

時を、いや話を戻そう。

理科は?これは自然に起こってる事の勉強。ゆえに必ずそれが起こった理由がある。

社会は?人がやった事の勉強やがな。地理でもここにこんな山脈あってこんな気候。だから人がこんな事した、とかね。ゆえにこれも必ずそうなった理由があるのである。

 

そして数学。単に計算だけしてたらいいのではない。計算はあくまで手段である。

みんな生きていく上で、様々な問題を抱える。家庭でも学校でも八尾市でも日本国でも、もちろん自分だけでも。それ、何とか解決させねばならない。こんな問題が起きた、或いはこんな問題に直面した。この解決方法は?それをあらゆる条件やツテや手段を使って解決させねばならないのである。

野球だってそういうのあるもんね。

 

あれ?これって数学じゃない?

こんな問題があります。これを解決するのに、「何かに気がついて」知ってる限りの定理や手段を使って問題を解いて(解決させて)いく。
(この、「何かに気がつく」というのが恐ろしく大事なのである。それは後日)
 

4

そう、これが数学の意義だと、私は思うんですな。

もちろん数学者に言わせれば、アホか、もっと奥深いわ、かもしれないけど。

 

数学とは、色々な問題解決の修業なのである。

つまり数学をしっかりやっておかぬと、生きていけないのであります。

国語は全ての教科の土台。だって数学でも理科でも社会でも文章題ゆえ、問題の意味を読み解けぬと解けるはずがない。これも大事に決まっている。

大事じゃない教科なんてないです。当たり前だけど。

 

勉強やる気ないヤツは、社会の役に立ちたくないヤツ。そう自分から宣言してるのですぞ。

放っておいていいのですかねぇ?あなたたちの老後、支えてもらえないよ!(笑)

 

download

    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

塾の先生によって本当に部活や勉強に対しての考え方が千差万別で、その意見って、その先生の人数分だけあると思う。

まあ、儲かりゃいい、なんていう吐きそうな大手チェーン塾も結構あるけどね。

 

当塾のように部活習い事は絶対両方やるべし、という大絶賛型は結構少なくて、部活しながら勉強などできるワケがない、学業成績を上げたければそんなのさっさとやめてしまえ、というのが本音、という先生がやっぱり多い。

さる塾長の集まりで、勉強を部活や習い事の継続のためにやる、なんて言うと、「は?」という反応が返ってきて、「塾長が何を甘い事言うとるのや!」なんて手ひどく反論を浴びせられる、という事も…。

download

だって、塾の先生でシッカリ部活というか学業以外に注力した人って、結構珍しいのである。だからおそらくそんな生徒の気持ちなんて、わからんのではなかろうか。

 それだけ、環境や考え方が違うと様々な取組方があり、結果がある。その生徒環境にマッチした考え方ややり方を提供してくれる所を選択するのも、また能力なのである。

だが、もし良い結果をもたらす為のエッセンスがあるとすれば、それはなんでしょう???

あるんですね、エッセンスって。

 

まず、苦しいもんなんて思ってやってると、絶対あきませんな

苦しみからは解放されたいし、余計苦しもうなんて思わないから、自主的にやろうなんて事はまあない。上から決められた以上は絶対やらない。というより決めても何とかサボろうとするのは当たり前である。だって「苦しいもんからは解放されたい」もん。これ当然。大人でもそうでしょ。

 楽しさは積極性を呼ぶ。自主的主体的姿勢は、そこからでないと生じない。

ただし、チンタラヘラヘラやるのが楽しいなら、それは全くのお門違いである。飽きるに決まってる。

 

次に執念のないヤツ。これもあきません

いや、よほど素質に恵まれたらとある程度の結果で満足するなら、執念なんてなくてもいいけど、いたって普通のヤツが良い結果を求めるなら、或いは貪欲に結果を求めようとするなら、この執念は絶対に必要である。

 

大学時代、京大はノック見てても本当にヘタクソで、こんな所に負けるワケないと思ったが、結局いい勝負になる。それどころか、1回本当に負けて新聞にデカデカと書かれた事があった。

確かに実力的には、かなりヘタだった我々に輪を3つくらいかけたヘタクソで、可哀想なほどである。

1

だが、そんな彼らを押し上げているのが、この「執念」であった。

その執念たるや、すざまじい。試合の球場で会ってこっちが挨拶してもニラミ返してくる。

ターゲットを絞って弱点を徹底的に調べ、そこをドンドン突いてくる。一度で諦めない。何度もそこを突いてくるのである。さすがに何度目かに弱点からボロが出る。

私の打席で捕手が「昨日ミキちゃん、〇〇と二人で梅田歩いとったなぁ…」ミキちゃんは私の学生時代の彼女の名前で、〇○は我がチームのレフトだった。なんで知っとるの???も含め、図らずも煩悩だらけの私は動揺してしまう(試合後にレフトを問い詰めてしまった)。
 また、我が一塁手はイップスだった。バントは執拗に一塁に捕らせてた。何度目かに悪送球になった。

そういう弱点を散々突かれたのが重なり、延長の末可哀想なノックをするチームに負けてしまったのである。新聞は無論それらを知らない。容赦ない。

images

卒業して数年後、当時の京大の副将で捕手と飲む機会があった。

訊いたら、「勝てる相手は推薦のない関学しかない」と全員で誓いを立て、作戦を考えたそうである。練習は守備チームに関学のユニフォームを着せてやってたそうだ。

そうやってリーグ戦までの準備を着々と進め、目標が実現することが、おそろしく楽しかったらしい。

その執念はやはり、
「我々は受験という困難に勝ってきた。何だってできぬ事はない」という壮絶な自信から来ていた。そしてそれが楽しいと。

 

飲んでで、もう時効やしと言いながら暴露してくれた。

私は京大に入らなくて良かったと思った。入れないけどね(笑)。

    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

このページのトップヘ