いまの世の中、なにかすごい事になっている気がする、

と、昭和の真ん中生まれの私などは、ついつい思ってしまう。しかしこういう事を言い出すと、やはり老人への扉を開いてまっしぐら、なのでありましょうなぁ。

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でもやっぱり言いたい事は言いたい。表現の自由なので他人を傷つけぬように配慮しつつ、少し話を続けたい。

 

さる野球チームの指導者募集に

「子供と対等に向き合って、対等の立場で指導ができる」

というセリフがあった。これもまたまたいつもの如く本当にビックリした。

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対等って何なんだろう?

そもそも教える側と教えられる側である。それが対等ってどういう意味や???

言葉使いさえそうだ。

選手の名前など呼び捨てって当然で、後輩にもそうだと思い込んでいた。いや、今でもそうだ。

 

しかし、上記とはまた別のチームだが、活動を見ていると、選手を呼ぶのは「〇〇さん」と、さん付け。そして話す言葉は、なんと丁寧語!

「○○さん、次はセカンドを守って下さいね~」「××さん、そこはもっとバット振っていきましょ~」

気持ち悪いったらありゃしない。

しかも、選手たちの反応。「ふぁ~い。でコーチ、次なにすんのぉ~」

おいおい、まったく逆やないかい!

これ、すべて事実。私がこの耳で聞いてこの目で見た。白昼夢ではなかった。

 

子供はいつか大人になる。そしてその大人が労に勤しみ、社会の役に立って、税金を払ってくれて国は栄える。子供の時って大人になった時にそういう社会貢献ができるようになるまでの、まさしく修業の身のはずである。

そしてそれを教え導くのが指導者。指導者に人格があって当然だが(というか人格なくして指導者になってはいけないと思うが)、それと修業の身の者がなんで対等なのか?

 

ここはもう一度考え直しても良いのではなかろうか。
近未来の日本国は、今の子供たちが支える立場になるのである。

私などはもうそんなに長くこの世にいないだろうが、皆さんの老後は、今の子たちが支えるのですぞ!

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