一徳さんの「文武は一徳!」

このブログは、酒・野球・女・本 この4つをこよなく愛する筆者が、ご縁あって伝統ある大阪八尾ボーイズの指導者を拝し、野球を愛する青少年及び保護者達の活力の一助になるべく、無責任極まりない内容でお届けするものである。コメントはご自由にどうぞ。

「文武は一徳」
これを現実の世界で実証すべく、己の頭脳と肉体との鍛錬の日々を送っている。

努力、という言葉のイメージっていかがなもんだろう?

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一瞬きれいに聞こえる、気がする。

私のイメージだが、どうも自分から自主的主体的に好き好んでやる、というのではなく、やらなければならない、という強迫観念みたいなものから来てる、という気がする。

やってますよ感、と言うと言い過ぎだろうか。

 

以前に書いたように、私が現役当時の関西学院大学はほぼ出身高校が甲子園に縁のない公立進学校ばかりで、そりゃあ下手糞だった。でも試合はTV中継もあるし、新聞もスポーツ紙だけでなく一般紙もバンバン書いてくれる。当然だが勝負にスポーツ推薦有無などカンケーない。

不名誉はイヤだ。いやむしろ、だからスポーツ推薦のある学校に勝たねば、なんていうとっても楽しい事をチーム全員考えていたのである。

 

練習がしんどい?肉体的にではなく、精神的にシンドイ。毎日発狂しそうだった。

監督はほぼ平日は練習に来ないし、ややこしい事は一切何も言わない方だった。

でも選手たちの毎日の練習の緊張感がハンパない。上級生が厳しいので(野球に対して、ですよ)下級生はそこに居るだけで精いっぱいなのである。下手糞だからエラーする。誰かがエラーしたら何度でも反復でやる。何度でも。時間なんてカンケーない。下級生がエラーしたら上級生はすごい顔になる。当然雰囲気もすごい。恐ろしいプレッシャーだった。それだから上級生こそエラーしたら大変だった。

みんなに迷惑かけたくないので、個人練習も必死だった。寮などなかったので終電で帰った事も何度もあった。次の日1時間目の授業だと6時過ぎには家を出ねばならないのに。

それでも、自宅で振るのである。壁アテもやるのである。気がついたら夜が明けてた、なんて事も何度もあった。

 

友人が「お前の手相を見てやる」と言うから、「無理やと思うで」と言いつつ見せると、「なんやこれ!手相あらへんがな!」
マメが固まってて手相なんてあるはずがないのである。
素振りしてて手から血が出た、というとみんなでバカにしていた。マメが固まってるともうそれがグローブ状態で、血なんて出るはずがない。
 

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1か月3万本スイング、毎日甲山登り下り3往復。みんな一人一人が自分で自分に課していた。

400mトラックを100周競争(40㎞!)。もはや人工衛星である。
「それやって勝てるんか?」「わからん。けどやらんかったら負けるで」
もはや議論の余地などないのである。

 

でもね、これを「努力」なんて思った事はなかった。おそらく全員そうだと思う。聞いたことないけど。

やらなきゃ負ける。迷惑かかる。そんな強迫観念めいたものもいつか消え去っていた。

やるのが楽しい。やらないと気持ちが悪い。そんな感じだったかもしれない。

人から言われて初めて、それを他人が見れば努力と表現するんだと知った。

 

だから自分で「努力」なんて言うてるうちは、大した事はやってない。

ま、そんなもんですよ。勉強でも仕事でも。

しかし、勝てなかったねぇ…(笑)。タフにはなったけど。

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あけましておめでとうございます。

今年もご多幸が皆様に訪れるよう、お祈り申し上げます。

 

正月休み、少し時間があったのでNHKの野球選手特集を見ていた。今回は大リーグエンゼルスの大谷選手だった。

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今年の活躍は、それまでの色々な試行錯誤があってこそ、という感じの番組構成だったが、

その試行錯誤のしかた自体が本当の意味での「試行錯誤」で、最初からあの大谷があったのではなく、色々な事があり、色々な事をやり、というのをまるでミルフィーユのように積み重ねに積み重ねて、やっと今年あの大谷ができた、というものであった。

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そりゃそうなんだろうなぁ。

最初から出来上がった選手なんて誰もいないのであろう。高校の時から160/hのボールを投げ、ホームランもバンバン打っていた大谷だが、だからと言ってプロへ入ってすぐ大活躍した訳ではない。

中学時代も、確かに身体はその時から大きく、かなりの将来的可能性を秘めたものだったみたいだが、それだけの事で別にホームランをガンガン打ってたとか、相手からバッタバッタ三振を取ってたという訳ではなかったらしい。ボーイズの指導している大谷の父親が証言していた。

 

感覚を数値化した科学的なトレーニングは、さすがである。
当塾でもテストをして各単元の出来具合を数値化して弱点を表すのであるが、もちろんそんな比ではない。

 

彼の中で、はるかに高度な、いま流行りの「PDCAサイクル」が確立されているのである。

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大谷選手はインタビューの最後にこう言っていた。

「試して反省して、試して反省して。ずっとその繰り返しですよ。」

そうやり続けると、間違いはドンドン省かれていくので、正解しか残らない。

このやり方、野球や学業に限った事ではない。

 

以前に、「一軍で活躍し続ける選手は思考力がまったく違う」という事を書いた。

こういう事なのである。

 

今年もよろしくお願いします。

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学校の通知表。みなさん貰いましたよね。三者懇談で先生から講評も聞いて。

かあちゃん
学校の通知表って、今年から評価項目が変わった。

①知識・技能

②思考・判断・表現

③主体的に学習に取り組む態度

これら3つの観点で各教科を評価、成績がついている。

 

決してテストの点数だけではないのである。もちろん提出物だけでもない。

特に③は、点数ではなく日頃の取組姿勢、ひいては先生のその生徒に対する人物評価がそのまま出ている。

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そう。通知表って点数評価だけではない。人物そのものの評価、と言っていいのである。

こわいですねぇ。

A ②A ③C なんていう生徒がいたら、その子に対する先生の評価が相当悪いと思っていい。

逆に③だけAというのは、勉強はできないけどいいヤツだと、相当評価がいいのである。

 

塾内での取組姿勢を見ていると、まあ学校の先生の評価と全く違う、というのは皆無と言っていい。

「ああ、やっぱりなあ…」なのである。

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野球に対する取組姿勢もまた同様なのではないだろうか。

野球だけは自分から前向きに一生懸命やるが、学業は全くそうではない、

もしそんな感じなら、早めに気づかせてあげるべきである。いつか必ず野球でもボロが出る。

野球以上に時間を使ってる学業に興味がないなどとは、笑止千万。

もちろん力の入れ方、というのの配分的なものはあるだろう。でも学業は疎かにできるようなものではない。という事は、力を入れるべきものに入れない、エエ加減にしてしまう、そういう人間性、という事になる。

 

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そりゃあ中学ではワケが分かってなかった、というヤツはいる。

人生のどこかで気がつく。遅きに失した、という事にならぬようにしてほしい。

 

どんな世界でも、人生の中で全く学業をしっかりやってないヤツが、社会で活躍できるワケがないのである。

 

では、よいお年をお迎えください。

 

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