一徳さんの「文武は一徳!」

このブログは、酒・野球・女・本 この4つをこよなく愛する筆者が、ご縁あって伝統ある大阪八尾ボーイズの指導者を拝し、野球を愛する青少年及び保護者達の活力の一助になるべく、無責任極まりない内容でお届けするものである。コメントはご自由にどうぞ。

「文武は一徳」
これを現実の世界で実証すべく、己の頭脳と肉体との鍛錬の日々を送っている。

いまの世の中、なにかすごい事になっている気がする、

と、昭和の真ん中生まれの私などは、ついつい思ってしまう。しかしこういう事を言い出すと、やはり老人への扉を開いてまっしぐら、なのでありましょうなぁ。

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でもやっぱり言いたい事は言いたい。表現の自由なので他人を傷つけぬように配慮しつつ、少し話を続けたい。

 

さる野球チームの指導者募集に

「子供と対等に向き合って、対等の立場で指導ができる」

というセリフがあった。これもまたまたいつもの如く本当にビックリした。

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対等って何なんだろう?

そもそも教える側と教えられる側である。それが対等ってどういう意味や???

言葉使いさえそうだ。

選手の名前など呼び捨てって当然で、後輩にもそうだと思い込んでいた。いや、今でもそうだ。

 

しかし、上記とはまた別のチームだが、活動を見ていると、選手を呼ぶのは「〇〇さん」と、さん付け。そして話す言葉は、なんと丁寧語!

「○○さん、次はセカンドを守って下さいね~」「××さん、そこはもっとバット振っていきましょ~」

気持ち悪いったらありゃしない。

しかも、選手たちの反応。「ふぁ~い。でコーチ、次なにすんのぉ~」

おいおい、まったく逆やないかい!

これ、すべて事実。私がこの耳で聞いてこの目で見た。白昼夢ではなかった。

 

子供はいつか大人になる。そしてその大人が労に勤しみ、社会の役に立って、税金を払ってくれて国は栄える。子供の時って大人になった時にそういう社会貢献ができるようになるまでの、まさしく修業の身のはずである。

そしてそれを教え導くのが指導者。指導者に人格があって当然だが(というか人格なくして指導者になってはいけないと思うが)、それと修業の身の者がなんで対等なのか?

 

ここはもう一度考え直しても良いのではなかろうか。
近未来の日本国は、今の子供たちが支える立場になるのである。

私などはもうそんなに長くこの世にいないだろうが、皆さんの老後は、今の子たちが支えるのですぞ!

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塾をやる前、私は商社に勤めていて、営業から法務審査からカネの回収から労務から採用から、資金繰り以外のほぼビジネスの一通りを経験させて頂いた。それは今、独立して事業をやる際に大変に役立っている。

なにより、ビジネスに契約書は付き物で、様々な契約文書を読んでは判断し、稟議を書いた。

この契約書、本当にその会社の考え方や体質がとてもよく出る。ゆえに採用のチョイスの段階で必ず契約書は読むようにしている。ウィンウィンの関係を望んでいるのかワガママなのか、怪しいブラック企業かどうか等々、結構読めたりするのである。

一休さん
しかしなにも契約書は会社対会社だけではない。個人でも取引にまつわる事は全て契約書がついて回る。
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取引のルール決めであるから、野球で言えば「野球規則」の如くで、契約書があって当然なのである。

さて本題。世の中、この4月から成人の年齢を18歳に引き下げる事になり18歳になって契約書にハンコを押したりサインしたりすると、今まで保護者不同意では契約成立しなかったものが、成立する事になる。責任がドバっとかかってくるのである。

お子さんが今14歳だとすると、あと4年でそうなる。

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 契約書が面倒くさいから読まない。いちいち細かい所まで読まない。それなのにサインしてしまう。

内容がトンでもなくても契約は成立する。仮に公序良俗に反している契約だとしたらもちろん裁判では無効となる可能性は高いが、それでも鬱陶しい裁判を、かなりの時間とカネと労力をかけてやらねばならなくなる。

実際に塾の規約という簡単なものでも、「そんなもの読まない」と平気で言った父親がいた大の大人がである。呆れてモノが言えない。相手が真摯に契約する人の事を考えて作成した文書を読まないなぞ、ワガママで人を蹂躙している以外の何物でもない。自分の妻と交わしている契約書でも同じことが言えるのだろうか?

(え?妻と契約書なんてしない?ホント?)()

 

いまの若者、いや若者でなくても、文章を読めない、読まないという人は結構いる。いっとき「教科書を読めない子供たち」という本が流行ったが、いまや「マンガさえ読めない子供たち」がいるのである。

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そりゃそうだ。画面の動画ばかり見て文章を読まないのだから、いざ文章が目の前に来ると脳みそがそれを拒絶してしまうのは当たり前である。

おそろしいことだ。

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これからの世の中、契約不履行とかいう裁判が増加して、泣く羽目になる若者がドンドン増えるんじゃなかろうか、と懸念する。

だって、何も知らないし文章も読めぬのが相手なのだから、ダマそうとしたら簡単にダマせるもんね。

 

それが嫌なら、今のうちに徹底的に文章を読み込むこと、ですな。

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みなさんは、ご自身のお子たちにどんな大人に育ってほしいと願っているだろうか?

子育て、という限りは、ゴールは大人になった時であろう。

だが見ていると、どんな大人に育てたいかというよりむしろ、自分のオモチャにしたいとか、してしまっているとかいうのが結構多そうな気がしている。無論そんな気で育ててるのではないのであろう、と信じたいが。 

かあちゃん

親子の会話が、実は子育てにとても重要なのである、というのは皆さん肌身で感じておられると思うが、親がゲームやスマホやLINEなどに夢中で子を放ったらかしにしているとか、子が喋って来ていても「うるさい!」とか「お母さん、今忙しいでしょ!」なんて言って我が子を追いやってしまう、というシチュエーションに心当たりはないだろうか?

他人がやってるとよく気が付くのだが…。しかしこれ、本当にとても危険な兆候なのである。

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子育てでいちばん大事なことは、「どれだけしゃべらせるか」であると言っても決して過言ではない。

長年子供たちを見ていると、優秀な子ほど親に話を聞いてもらっている。しゃべることほど頭の鍛錬になることはない、といってもいい。

いつ、どこで、誰が、何を、なぜ、どのようにしたのか。いわゆる5W1Hがなければ、自分が話したいことは相手にうまく伝わらない。話すうちにそれが感覚としてわかってくるので、自然と身についてしまうのである。

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だから、親は子どもに「勉強」など教える必要は全くない。

むしろ、子どもに教えてもらってほしい。子どもは新しいことを知ったり楽しかったりした事は、うれしくなって話すもの。そうやってしゃべることが子どもにとって最大の脳みその運動、勉学の大きな基礎経験となる。

 

無論どんな話でも構わない。親は、子どもが話を始めたら、5W1Hを使って適度に合いの手を入れることで、話を広げる手助けをしながら、じっくり話を聞いてあげてください。

読み聞かせと共に、もう、絶対におススメです。

 
ちなみに私の、指導者としての試合終了後のミーティングの第一声は、
「感想をどうぞ」である。
選手にしゃべらせて、それに対してコメントする。中学生など案外よく分かってるなあと、というかこいつがこんな事思ってるんや、などという新たな発見があるのがまた楽しい。

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